ドゥイージルの父フランクの音楽へのトリビュート

ドゥイージル・ザッパは今までMTVのVJ、俳優(“The Running Man"と“Pretty in Pink”)や、バラエティー・ショーの司会(ザ・フード・ネットワークの“Dweezil and Lisa”)などと立派な経歴の持ち主である。しかし、彼にとってギターが一番大事だ。

ドゥイージルが自分の父、フランク・ザッパの音楽に心を奪われていてもそんなに驚くことではない。ドゥイージルは亡くなった父を「フランク」と呼び、ここ2年間も父の音楽に集中して勉強していた。彼の適切に名付けられたトリビュート・バンド「ザッパ・プレイズ・ザッパ」は今週の日曜日にローズランド・シアターで公演を行う。

38歳のドゥイージルは最近電話で父の音楽や彼のユニークな育ち、そして他にいるザッパのカバー・バンドの中で自分達の演奏がフランクのエッセンスに一番近いと信じている「プロジェクト・オブジェクト」からの意見などを語ってくれた。

Q:

プロジェクト・オブジェクトはドゥイージル達のトリビュート・バンドに腹を立てているそうですが。
メンバーのアンドレー・コルモンダリーが最近こう語ってくれました:「俺らのバンドはフランクのやり方に一番近いんだ。俺らは実験的な余地がある。“ザッパ・プレイズ・ザッパ”は規則どおりに行っている。そこに勘違いがある。フランク・ザッパはもっともタイトに演奏したけどインプロの為のスペースもキープしていた。」ドゥイージルはこれに対してどう思いますか?

A:

このような事で競争を始めようとするのはバカらしい。彼らは自分達のでも無い楽曲で生活をしようとしている。そして下手にね。

Q:

じゃ、オーケストラがモーツァルトの楽曲を扱う用にドゥイージルは父の楽曲を扱うと言う事ですかね?

A:

そのとおりだ。こうやって他のバンドの演奏で俺の父の音楽はより良くなると思う?無理だよ。そしてオーケストラとかってモーツァルトの楽曲をめちゃくちゃにすると思う?ありえないでしょう!フランクは自分の独特なやり方があった。そして俺らはそれと同じ用に演奏している。

Q:

「サッパ・プレイズ・ザッパ」はどうやって、何のきっかけで始まったのでしょうか?

A:

フランクの音楽に触れていない若い人達が沢山いるからだ。そして、“Dancin Fool”や“Don’t Eat The Yellow Snow”と“Valley Girl”しか知らない普通なカジュアルなリスナーもいる。フランクはこのようなベタな曲だけではなくもっと沢山あるよ。こんな曲だと彼の64分の1ぐらいしか表していない。
フランクのような人は昔いなかったし現在にもいない。だから俺は彼の音楽をもっと判ってもらえる為に演奏している。

Q:

セット・リストはいったいどうやって組み立てるの?

A:

フランクの世界はもっとも巨大でさまざまな面がある。彼が作ってレコーディングした音楽はものすごい数で一つのショーのセット・リストのネタにははっきり言うときりが無い。でもそれは良い事だと思う。このプロジェクトを始めた時はまずフランクが作った音楽を年代順で聞いた。彼の音楽には特別なディテールが沢山あるよ。

Q:

「ザッパ・プレイズ・ザッパ」では「プロジェクト・オブジェクト」や他のカバー・バンドが持ち出せないビッグなポイントはフランク本人の映像ですね。フランクは死後にオーディオ・ビジュアルのシンクのおかげで演奏に絡むからすごくトリッピーですね。

A:

そう。彼はいくつかのトラックでジャムしたり歌ったりしている。すごく上手く出来ている。見ないとわからない物だよ。

Q:

ドゥイージルの父が他と比べて違うと気づいたのはいつしたか?

A:

若い時からだったな。友達の家とかに行くとそこの家庭がうちらと違うと思ったりした。多くの友達は家の家庭の作りが普通と比べて違っていたから遊びに来たがっていた。外の子供達はもっと自由があったかも。俺らの家庭では自己表現など気にしてなかった。わざわざはやりだったから悪い言葉とか使わなかったし。そのような言葉を使うタイミングはほんとに強調する時だけ。

Q:

じゃ、いやみ言葉ではなくですね。

A:

そのとおり。全てがそうだったよ。俺のファミリーの育ち方と他のハリウッドのファミリーを比べてごらん。俺はタバコも吸った事も無い、麻薬もやった事も無いしお酒で酔っ払った事なんか無い。ハリウッドのリハビリに行ったり刑務所に行った事ある多くのキッズと比べてみな。彼らは「人生は不幸だ」とか言ってるけどそんなの冗談に決まっている。だけど俺と兄弟達は変わった名前だから多くの人はうちらの事を問題の子と勝手に思い込んでいた。しかし、育ち方のおかげで全員すごくスマートでクリエーティブになった。正しいことと正しくないことは若いごろから学んだ。巣立ちした時、人は自分が信じる事に対して一生懸命やれば社会に役立つポジションが出来、それで良いとわかった。

Q:

自分の父が音楽のアイコンだと気づいたのはいつですか?

A:

そこまで深く考えた事は無かった。父はただ音楽をやっていたのが当たり前だった。でもその「当たり前」だった音楽をを実現させることが自分にとって重要になってきた。長い間企んできたんだ。このツアーだって4年前からやろうと思っていた。その内、自分のギターの弾くスタイルをだいぶ変えるのに2年間もかかったし。

Q:

一番の妥協は何でした?

A:

実際のギター暦は20年間。だから弦の弾き方を大分変えないといけなかった。新しい歩き方に挑戦すると同じようだった。フランクはトラディショナルなギタリストではなかったので彼のギターの弾き方は普通とかなり違っていた。最初はドラマーから音楽に入りその後は作曲家になる為の勉強をした。彼は質感や器楽編成法にはまったく気にしてなかったし、何がどうやって一緒に合うかも気にしなかった。
普通と言う物から外れるのが好きだった。全てにこのような考えを持っていたからこそ彼の音楽はこんなにユニークになった。

Q:

ちなみに、ドゥイジールはMTVでは数少ない面白くて楽しい率直なVJだったと思いますが。

A:

当時は楽しくやっていたけどMTV側はたぶん俺が言ってたようなコメントを言うVJを好んでいなかったでしょう。でもね、ライオネル・リッチーのビデオからジャック・ヒルトンの「ダンシング・オン・ザ・シーリング」のビデオが続くとツイツイ何かを言いたくなるんだよね。